横断歩道の3メートル手前

 

 

 断歩道にさしかかる3メートル手前で、青信号が点滅し始めた。                                                           

トムは思わず足を速めて、すぐにやめる。どうせ間に合いはしない。それに第一、今朝は急ぐ必要などない。                                

風が吹いて、街路樹の枯れ葉が乾いた音をたてて道をすべった。                                                                                                             道行く人々のコートの裾が、はらり、と舞い上がる。                                                                                              

空は高く、木の葉は赤い。                                                                                                                              11月だった。外気に冷えたセーターの下で、出掛けに飲んだスープが、まだ少しだけあたたかかった。

「トム!」                                                     

ぱたぱたという、スニーカーの立てる軽い足音に耳を澄ませていると、思いがけず自分の名前が聞こえてきて、トムは身を固くした。

首だけを回して、小さく振り返る。                                                                                                          満面の笑みを浮かべたコリンが、こちらへ駆けて来るところだった。

「やあ、コリン、おはよう」                                            

いつもより朗らかなトムの朝の挨拶を、残念なことにコリンは全く聞いておらず、ようやく追いついた、などとひとりでぶつぶつ言っている。                                                                                         

挙句、「それにしても、トムがぼくより先にスタジオへ向かっているなんてねえ。今日は雪でも降るかも知れない」とさも心配そうな顔をするので、今日は空気が乾燥しているし、第一まだ11月になったばかりだから、雪など降るはずはない、と言って安心させてやった。

信号が青になる。大股で歩き出したコリンに何とか歩調を合わせながら、トムはぐるりと辺りを見渡した。              

空は高く、木の葉は赤い。コリンのコートは黒く、長い裾が風に翻る。                                        そんなトムの視線に気づいたのか、「何」とコリンは足を止めた。

「秋だなあ、と思ってね」                                                                             

トムは答え、冗談めかして腕をいっぱいに広げる。ひんやりとした空気が首筋をなぞり、それと連動するように、コリンがため息を洩らす。

「こんなこと言いたくないけどね、トム、きみの季節感は、世間一般より約1カ月遅れているか、でなければ11カ月早すぎるよ。秋はもう終わりかけだし、きみはコートも着てないじゃないか」

「でも、セーターを着ているよ」

「だめだね、こんなの、通気性抜群というやつだ」

コリンは、ざっくりとしたセーターの編み目を指差しながら、しかめつらしく言った。

「ぼくは寒くないよ、別に今日雪が降るわけじゃないんだし」                                        

再び歩き出す。                                                                                                                                               スニーカーの下の落ち葉が、かさ、と音を立ててくずれて、やっぱり秋じゃないか、とトムはひとりで納得する。                                                                                       

しかしコリンは秋の話などもう忘れた様子で、「あれってエドじゃないかな」と反対の通りを指差した。

それは本当で、コートの襟を立て、マフラーに顔をうずめたエドが、速足に歩いて行くのが、トムにも確認できた。毎日会っているのだから、間違うはずもない。                                              今日はよく知り合いを見かける日だなあ、と、自分も毎日会っているくせにコリンは感心している。

「エドってさ、無駄に大きいから、遠くにいてもすぐわかるよね」                                                     

含みのかけらもない声でコリンがそんなひどいことを言い、トムはお腹の底から、何かがせりあがってくるような奇妙な感覚を覚えた。                                                  煮立ったスープのように、ふつふつと空気をはらんだそれは、やがて笑い声となって、トムの口元にのぼった。            何がおもしろいのかはわからない。わからないけれど、何もかもが可笑しくて堪らなかった。                                                                                                                                             

無駄に大きなエドに、通気性抜群のセーター。よく知り合いに会うコリン。                                                                              1カ月遅いか、または11カ月早すぎる季節感。                                                                                                                                       雪の降らない11月。

「おぉい、エド、」とコリンが大きく呼ばわるのが、やけに遠くから聞こえた。エドはもうじきこちらを振り返る。                                                                                                                                                                                                                                                           

空は高く、木の葉は赤い。                                                                                                                             出掛けに飲んだスープが、からだの中であたたかかった。

 

 

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しょっぱなから暗い話はどうかと思って、明るめの話にしてみました。が、なにが言いたいのかわからない。                                                                                                                                                                                          季節は先取りが基本、という結論(ちがうけど)