氷が溶けていく。
溶けた氷は水になり、ゆらゆらとかげろうのように揺れて、黄金色のウィスキーと混ざり合う。
グラスの中の液体は澄んでいるけれど、向こうを見透かすことはできない。すすってみると甘い味がしそうだ。
こうして見るとウィスキーというのは、メイプルシロップに随分と似ている。
パーティ会場の隅に一人きりで座って、ぬるまっていくウィスキーを眺めながら、カールはそんなくだらないことを考えていた。
足と頭が鉛のように重い。腕ばかりが軽く、グラスを口に運んだ。
誰とも話したくなかった。顔を合わせたくもない。家に帰ってベッドで眠りたかった、しかしそのためには、このソファから立ち上がらなくてはならない。
それが億劫で、今もこうしてひとりで座っているのだ。
自分の下の黒いソファが、だんだんと熱を持っていくのがわかった。
オレンジ色のライトの下で、女の子がひとり踊っている。
おぼつかないステップを踏むたびに、淡い生地のスカートがろうそくの火のように揺れて、ひどくきれいだ、とカールは思う。
足元は、炎の中を漂うようにふらつく。ひどく酔っ払っているのかも知れなかった。
急に目の前に黒い影が伸びてきて、顔を上げた。カールの視界をすべてふさぐ格好で、澱んだ目の男が立っている。
黒い髪は四方八方にはね、スーツはよれている。まっすぐ立っているように見せかけても、既にできあがっていることはすぐわかる。
「ふぅん、ひとりで飲んでるなんてねえ」
嘲りの言葉ではない。ピートの穏やかな声音に、揶揄するような色は何も含まれていない。しかしその表情はあまりにも無感動で、カールは逆に薄ら寒くなった。
「人としゃべる気分じゃないんだよ」
「へえ、僕とも?」
そう言ってピートは、答えも聞かずにカールの隣に腰を下ろした。まったく、ピートというのは、自分の存在が人の気分を害するかも知れないなんて、露ほどにも考えない人間なのだ。
「お前とは余計に話したくないね。本当いうと、パーティなんかにいたくもない」
「そうかな、そうは見えなかった」
ピートの顔には笑みが貼り付いている。
「随分熱心に見てたじゃん、あの子のこと」
身を乗り出したピートの視線を追うまでもなく、カールには、彼が誰のことを話しているのかわかった。視界の端に、炎が揺れている。どうして、という疑問を口にしかかると、
「だって、僕はカールのことを見てたからね」
と、こともなげにピートは言った。あそこのカウンターの横に立ってね、ずっとカールのことを見てたんだよ。女の子に夢中で、気付かなかったみたいだけど。
「そんなに気になるんなら、一緒に踊ってきたらいいのに」
「うるさいな、お前が踊ればいいだろ」
頭が回らなくて、とんちんかんな返答をした。なんというばかげた答えだろう、と頭の隅で考える。
「僕が踊るのをみたいの?」
「ああ、そうだよ」
別に踊りなど見たくはない。面倒くさくてそう言った。ピートが自分に話しかけるのをやめてくれるなら、何でも良かった。
「じゃあ、もし踊ったら、何でも欲しいものをくれる?」
満面の笑みを浮かべて、ピートはカールの顔をのぞく。澱んでいるはずの瞳の中に、火のような光がゆらゆらと浮かんでいる気がして、カールは少したじろいだ。
「欲しいものって、何なんだよ、ピート」
胸に広がるかすかな揺らぎを黒く塗りつぶすように、のどに絡まる言葉をやっとのことで押し出した。
「うーん、・・・カールの首かな」
まるでどうでもいいというように、普段と変わりない調子でピートは言い、さっとソファから立ち上がった。
「まあ、考えといてよね」
そう言ってカールを見下ろした黒い瞳は、やっぱり澱んでいて、そこには僅かな閃きさえありはしなかった。
光を映していたなんて、まったくばかみたいだ。
相変わらず笑みを貼り付けたままのピートが、雑踏の中に紛れていくのを、カールは目の端でとらえた。
視線を落とし、手の中で温まったグラスを眺める。
氷はもうすっかり溶けてしまった。淡い炎はまだ揺れている。ウィスキーも揺れる。まるでかげろうみたいだ。
足と頭は重く、腕ばかりが軽い。
カールはグラスを持ち上げ、カラメルソースに似た黄金色の液体を、一気にあおった。少しも甘くなかった。
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これは・・・意味不明!!
ピートがおかしい。気分を悪くされてしまった方がいたらすみません。
何にしても中途半端な話ではある・・・ このスタイルを脱したい