ライブの後、移動用の小型バスの中で、とても疲れているはずなのにマシューは眠れなかった。
窓の外に目をやる。煌めく街の明かりに滲んだ暗闇。
月が二重にも三重にも重なっているように見えて、目が悪くなったのだろうか、なんてぼんやりと考える。
帰ったら、眼科に行ってよく調べてもらわなくてはならない。
けれど次の瞬間にはそんなことはすっかり忘れていて、ライブ中少し調子の悪かったギターのことを、マシューは心配に思った。
すっかりダメになってしまう前に、早く見てもらわなければならない。
車内は寒かった。冷房の効きすぎだ。
マシューは捲り上げたシャツの袖を下ろした。軽く首をすくめる。
集中力というものをどこかに置き忘れて来てしまったような、明るい夜だった。
さっきから、ドムの髪の毛が何度も首すじをかすめる。
くすぐるような柔らかな感触に、何だかねこの毛みたいだ、とマシューは思う。
バスが揺れるのにあわせて、無防備に上下する茶色の頭。
目を向けて確かめるまでもない、ドムはぐっすり眠っているのだ。
穏やかな寝息が聞こえてきて、マシューは小さく息を吐いた。
どうしてそんなに無防備でいられるのか、と思う。
誰にでも屈託のない笑顔を向け、疲れたらどこでも眠ってしまう。
呆れたような振りをしながら、正直マシューはドムが羨ましかった。
痩せた肩に目を遣り、笑みを作ってみる。
同時に、少しだけ苦いものが胸の中に広がってきたのだけれど、それは黒く塗りつぶして、マシューは窓の外を見た。
相変わらずの暗闇が流れ、光が滲む。
ドムの頭のあたたかな重みを肩の上に感じて、目を閉じた。
自分も眠ることができたら、どんなにか楽だろう。
ドムがこうして眠って、隣の人に頭を預けてしまうこと、それは相手がマシューだからでは、もちろんない。
隣にいるのがクリスでも、はたまた赤の他人でも、ドムはきっと同じようにするだろう。
そんなことはドムにとっては何でもないことで、だからマシューも、何でもない振りをしなければならなかった。
本当は、体の軋むようなぎこちなさを、いつもいつも全身に感じていたのだけれど。
マシューは薄目を開けて、ドムの方を覗いた。
その寝顔は、天使みたいなんかでは決してなくて、奇妙なまでの現実感を持って、マシューの胸に迫って来た。ドムはやっぱりいつでもドムでしかない。そこが良い。
被さってくる体の熱が、すう、と引いた。
同時に、眠気にくぐもった声が、すぐ隣から聞こえてくる。
「あれ、マット、ごめん」
ぼやけた視界に眉をひそめ、姿勢を真っ直ぐに正しながら、ドムは言った。
何と答えたら良いのかわからなくて、マシューは曖昧に頷く。ドムに謝って欲しくなんかなかった。
けれどドムはそんなことは気にも留めず、「首が痛くなっちゃった、」と顔をしかめた。
「変な寝方をしてたからかなあ、・・・マットは眠くないの?」
「これから、寝るとこ」
ふぅん、とドムは言って、座席に体を沈めた。今度は真っ直ぐに首を倒す。
「じゃあ、おやすみ」
うん、おやすみ。
言いながら、眠れないことはわかっていたけれど、とにかくマシューはそう返して目を閉じた。
寒い。
クーラーの効きすぎだ。
そう思ったが、注意するのは面倒だった。
こんな寒い中で眠ったりして、ドムは風邪を引かないのだろうか、と頭の隅で考えた。
穏やかな寝息が再び聞こえてくる。
瞼の裏で暗闇が滲み、バスが揺れる。
まだ少しだけあたたかさの残る左肩に、クーラーの風が冷たかった。
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初のMU$E。二人の立場が逆転しても全然いけます。 結構楽しかったのでまた書くかも知れない。相変わらずな話ですみません。
あ、タイトルは意味ないです。頭の中を流れている曲の歌詞の一部を使ってみただけという・・・