ペンを握って、ノートを開く。
真新しいページにしみを作るように、言葉を書いては、黒く塗りつぶす。
マシューはため息をついた。
時計を見る。あと十五分で、午前一時になる。
こんなにも同じ作業を繰り返しているのに、一言も思う通りに書けないまま、もう1時間近くが経とうとしていた。
もう寝ようか、と考える。
ここ最近の不規則な生活のせいで、確かに眠くはないのだけれど、頭が煮詰まっていることもまた事実だ。
上手く言葉を紡げない苛立ちから、感情ばかりが高まっている。
マシューはテーブルの上にペンを放り投げた。
ソファに体を沈めたところで、ドアにノックがある。
こんな時間に、誰なんだ。
答えを考える猶予も与えず、見慣れた顔がひょっこりとドアからのぞいた。
「なんだ、ドムか」
「うん、そう。やっぱり、なんかマットが起きてる気がしたんだよね」
ドムは屈託なく笑うと、ずかずかとマシューの部屋に入って来た。
書き汚しでめちゃくちゃになったノートを、あわてて閉じる。
自分の中に渦巻く苛立ちを、ドムには見られたくなかった。
けれどそれは少しだけ手遅れで、「あ、歌詞を書いてたの?」とドムは目を見開く。
「見せてよ!」
「嫌だね、なんで君に最初に見せなきゃいけないんだよ。そういうのは、歌詞を書くときに思い浮かべた人物に最初に見せるものと相場が決まってる」
「相場なんかどうでもいいだろ!どうせぼくだって2番目か3番目くらいには見るんだし」
「一番最初と、2番目か3番目は断じて違うんだよ、ドム」
ふぅん、とドムは口を尖らせて、マシューのベッドに勢い込んで倒れた。
マシューはこっそりため息をついて、ノートをテーブルの隅に押しやる。
「あのね、ドム、邪魔しないでくれたらありがたいんだけど・・・」
「でも、歌詞って難しいよね」
マシューの訴えは無視して、枕に顔を押し付けたまま、くぐもった声でドムが言った。
「難しいって、どこが?」
「思ったことを、その通りに言わずに、思わなかったことを言っても、そう思った振りをしなくちゃいけないところがだよ。ぼくには向いてないな」
「ドムのその発言の方が、僕にとってはよっぽど難しいよ」
「うーん、だよねえ」
ドムはあっさり認める。
実はドムの言うことはマシューの気持ちにぴったり当てはまって、だからそう指摘されたことに幾分胸騒ぎがしていたのだけれど、マシューは肩をすくめ、少し笑った。
「どういう意味なんだ?」
ドムはごろん、と仰向けに転がって、低く唸った。本気で考えているようだ。
「たとえば、」
考え深げに言う。
「好きな人がいるとして、でも歌詞では、心がかき乱された、とか、バラの花に露が宿った、とか、そういうふうに言うんでしょ、よくわかんないけど。そういうのって、ぼくは苦手だなあ。ぼくの言った言葉なんか、絶対に歌詞にならない」
眠気をこらえるみたいに、ぽつりぽつりとドムは話した。
ソファに沈み込んだまま、じゃあ、とマシューは訊いてみる。
じゃあ、ドムは、好きな人になんて言うんだ?
「好きだ、って言うんだよ」
ドムは天井を見つめている。
「ぼくは、マットが好きだよ」
息が詰まった。鼓動が乱れる。数々の疑問が、頭の上を廻っている。
「それは、」
けれど僕は歌詞を書くのだから、思っていないことを言っても、そう思った振りをしなければならない。だから。
「それは確かに、とても歌詞にはできないな」
ああ。
「だよねえ」
言葉にできなかった思いが、指先からこぼれていった。
時計を見る。午前一時、五分前。
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毎度のことですが、どうもすみません。 急いで書いた感が滲み出た文章です。