真っ暗なホテルの部屋に入り、電気をつける。
外の空気に体が冷えて、ギターコードもライヴ中の雑音も全て頭から消え去っていた。
今夜はよく眠れそうだ、とエドは思う。
どっと押し寄せてきた疲れに、思わずソファに深く身を沈めたその瞬間、頭の上から自分を呼ぶ声が聞こえてきて、エドは文字通り飛び上がった。
ソファの後ろから、満面の笑みを浮かべたトムの顔が覗いていた。
「ああ、びっくりした。心臓が止まるかと思ったよ」
エドが言うと、トムは口の端を持ち上げた。
「随分と簡単に止まるんだねえ、エドの心臓は」
「そうだよ、だからお葬式にはちゃんと来て欲しいな」
「そんなの当然じゃないか、エド」
トムは半分閉じた左目を、さらに細めて笑った。その非対称に、エドは周りの空気がかすかに揺らぐのを感じる。
「今なら、棺の前でクリープを歌ってあげるっていう特典付きだよ」
「いや、それは遠慮したい」
押し殺したような笑い声をたてると、トムは立ち上がって、エドの隣にすっぽりと身をおさめた。
ほっそりした指が口元に添えられるのを眺めつつ、そういえば、と当然の疑問をエドは口にする。
「トム、どうしてここにいるんだ?」
「それは良い質問だね。僕が毎日頭を悩ませていることだよ。僕たちは何ゆえここ存在するのか?」
可笑しくもなさそうにトムが言うから、エドはため息を吐きたくなった。
「・・・そういう意味じゃなくて、」
「だって、鍵が開いていたからだよ」
エドの言葉に覆いかぶせるように、早口にトムは言った。要領を得ない答えにエドは眉をしかめたが、トムはそんなことに興味はないらしく、満足げに口元を結んでいる。
「鍵が開いてた、って・・・。まあ俺は別に構わないんだけどさ。姿が見えないからって、コリンは心配してたよ」
トムは両方の眉を持ち上げた。薄青い瞳が、ランプの光を映してきらめいている。
「それは、はかなげな僕がついにこの世から消え去ってしまったかも知れない、っていう心配かな」
「いや、むしろ気分屋のトムがツアーから失踪してしまったかも知れない、っていう心配だと思うよ、この場合」
エドは冷静に誤りを正した。
「ふうん、僕の信用も地に落ちたものだな」
トムは不満げに口を尖らせて見せたけれど、その表情とは裏腹に、声音は楽しそうだった。
「いや、トムの信用なら元から随分とよわよわしいものだと・・・」
「なるほど、エドの心臓みたいなものか」
そう言ってトムは、居心地悪そうに小さく体をずらした。
やせた腕が伸びて、白い掌がエドの左胸にそっと押し当てられる。
体中の血液が、心臓に向かって流れをはやめるのをエドは感じた。
「なんだ、ちゃんと動いてるじゃないか」
トムが笑う。
「動いてないのを期待してたみたいな言い方だな」
高まる動悸が部屋の空気までもを揺らしている気がして、エドはしかめ面を作る。
「そんなことない、」
そう答えたトムは、もう笑っていなかった。エドは少しだけ身を固くする。
眠たげな瞳が、顔のすぐそばにあった。
「エドが死んだら悲しいよ、僕は」
瞼が、青い光をゆるりと流して、唇が触れる。
想像よりもあたたかい感触に、エドの呼吸は喉に詰まった。
消えてしまったりするはずがない、だって、トムの体温は確かにここにある。
けれどそう思った瞬間、トムはさっと離れた。何も言わずに深々とソファに座りなおす。
空気はしんと静まっている。
エドの心臓ばかりが波立って、混乱を次々と脳へと送り出す。
はあ、とエドは息を吐いた。
今夜は、まるで眠れそうにない。
「トム、」
「なに?」
そう言ったトムの、屈託のない口調に拍子抜けした。
「いや、びっくりして、」
「心臓が止まったって?」
小さな笑い声とともに、トムの頭の重みが肩に被さってくる。
ため息を洩らすと、トムは可笑しそうに肩を揺らした。
「お葬式には、クリープを歌ってやるよ」
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なんだこれ(汗)本当は他愛ない会話みたいなものが書きたかっただけなんですが。会話の内容がこんなに黒いのはどうしてなんだろう・・・