「ねええカール、アルバム手伝ってよ」
唐突な要求に怪訝な顔で横を向くと、相当に酔っ払った様子のピートと目が合った。
好き放題に散らばった黒い髪の下から、丸い目がこちらをのぞいている。
「去年出すつもりだったのに、全然上手くできないんだよな」
ピートがはあ、と息を吐いて、漸くカールにも話が呑み込める。
すぐにでもリリースする、と意気込んでから、なかなか完成する気配を見せないニューアルバムの話を、ピートはしているのだ。
「何となく満足いかない、というか・・・」
ピートがグラスの上にくたっと倒れこむから、カールはしかめ面を作って見せた。
「そんなに飲んでるからなかなか完成しないんだろ。第一、お前のバンドのアルバムを何で俺が手伝わなくちゃならないんだ」
「そんな、カール、・・友達だろ!」
ピートはわざとらしく傷ついたような素振りを見せる。
それに応えるように、カールは擦り切れた笑みを浮かべた。
自分勝手にも移り気にも、もう随分と慣れてしまっている。
「友達なら、どうして俺が忙しいときに限って音信不通になるんだよ」
「・・・カールだってずっと僕を無視してたくせに!」
「何年前の話を蒸し返すんだ、お前は」
「何年前だって関係ない!モロッコに行くって言ったこと、僕は今でも忘れてないし」
口に含んだビールが一気にぬるまっていくような気がして、カールはため息を吐いた。
太陽が昇り、空を明るく染めては沈み、夜が来て、また太陽が昇り、回り、季節が廻り、人々が逡巡する、その間中ずっと、ピートは自分のことしか考えていないのだ。
「・・・で、俺に何をして欲しいんだ」
ピートは一瞬、きょとんとした顔をした。
話の要点を、もう見失っている。
それから思い出したように、
「歌ったりとか、そういうのだよ」
と言った。
「満足いかない曲なのに、俺に歌わせるのかよ」
「カールが歌ってくれたらどんな曲でも満足するんだよ僕は!」
「・・・いい加減なやつだな」
カールは笑って、気の抜けたビールのグラスを空にする。
太陽が昇って、沈んで、くるくる回ってひっくり返って、その後どうなるかなんて、あの時はちっとも考えていなかった。
ただ目の前があまりにも眩しく光るから、どんな些細なことをも見逃すまいと、必死になって見えない目を凝らしていた。
光って見えるものの正体さえ、さっぱりわかってはいなかったというのに。
カールはグラスを置いて、おもむろに座り直した。
ぐったりとカウンターに突っ伏したピートの体が、すぐ隣にある。
そっと髪に指を差し入れると、驚いたように目を見開いたけれど、すぐに笑顔になった。
どんどん歳をとって、身体が弱って、目も耳もすっかり悪くなってしまっても、きっと、こんなふうでいられたらいい。
なんて。
もちろん、ピートには言わない。
そんな綺麗事は、独特の哲学や持論で、滅多打ちにされてしまうに違いないのだから。
けれど、昼の後に夜が来る、そんなことが昔よりずっとよくわかるから、寄りかかる場所が欲しくて必要で仕方がないのだ。
「じゃあさあ、アルバムが完成したら一緒にモロッコに行こうよ」
眠たそうにピートが言うので、カールは肩をすくめて見せた。
「そういうことは、自力でアルバムを完成させる見込みのある奴が言うんだ」
「あ、酷いなあカールは!」
ピートが笑って、湿り気を帯びた夜の空気が、白ばんだ光に溶けて流れて行くのを、目からも耳からも感じた。
追いかけたり消え去ったりしながら、くるくる回り続けている。
だって、太陽が擦り切れてしまうまでに、まだまだ時間はたっぷりとあるのだから。
「・・・酷いのはどっちだよ」
カールは小さく呟いて、窓の外を振り返った。
想像よりも明るい景色に、思わずぐっと目を細める。
グラスは空っぽだ。
夜が明ける。
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て、適当なタイトルをお許しください(保存用のタイトルのまま)。何にも思いつかなかったのですよ。 なんてことない話が書けたらいいな、なんて思ってしまった。勿論全て妄想。