What a life on Mars

 

 

 星熱にかかったとかで、ジョニーが家に運び込まれてくる。
火星環境について考える会議に参加している途中、急に具合が悪くなったのだ。
 
全身に赤いレザーをまとった医者が言うには、ジョニーの病状はきわめて深刻なものであるらしい。
熱は一向に下がる気配を見せず、夜になると激しい咳の発作に襲われる。24時間態勢での看病が必要だ。しかし、病院に空き部屋がない。そこでやむなく僕の家を使うことになった。
医者がいなくなる夜の間に、ジョニーが勝手に起きだしたりしないよう、僕に見張っておいてほしいのだという。
 
僕は、それはまったく構わないが、なぜよりによって僕の家を使うのか、と質問した。ジョニーにだって自分の家くらいあるはずだ。
すると医者は、
「彼には絶対的に安静な環境が必要なのです」
と言って、きっと僕を睨む。
 
 
ジョニーの荷物の中には、火星から持ち帰った珍しい楽器が山ほど入っている。
僕は触ってみたくて仕方がないが、安静な環境を台無しにしないために我慢する。
 
予備の寝室で横になっているジョニーは、思ったより元気そうだ。
 
枕に広がった黒い髪の上で、熱のためにほんの少し上気した頬が白い。
大きな目はつやを持って潤み、カーテンの下の光を吸収して漆黒に冴えている。唇は脈打つように赤い。
 
僕は少しだけ拍子抜けして、花柄の重そうな布団の下のジョニーを見る。
 
「火星はどうだった?」
 
ベッドの端にそっと腰をおろして尋ねると、うん、とだけジョニーは答えた。
 
「コリンが心配していたよ」
 
「うん、何回も電話をもらった」
 
「“だから火星に行くのはとめたじゃないか!”って」
 
「でも、行ったんだから、仕方がないんだ」
 
なるほどそれは仕方がないと僕も思う。ベッドが軋んで、かん高い音をたてる。
 
「楽器を持って帰ったんだけど、触ったらいけないって医者が言うんだ」
 
思い出したようにジョニーが言って、大きな木製のトランクを指差す。トランクのふたは開いていて、仰々しい装飾品のような火星の楽器が所せましと並んでいる。
 
「使えるものがあればいいんだけど」
 
ジョニーは身体をずらし、壁の方を向いてしまう。
僅かに持ち上がった布団の下から流れてくる空気が、熱を帯びているのがわかる。
僕は何だかどうしようもない気持ちになって、部屋を出て、そっとドアを閉める。
 
 
 
その夜、恐ろしい夢にびっしょり冷汗をかいて目を覚ますと、どこからか、鈴が揺れるような、美しい音が聞こえてくる。                                                                                                                                                                                                     音は小さいけれど、絶え間なく続いている。ジョニーが、医者の言い付けに背いて楽器を触っているに違いない。                                                                                                                                                                                                                                                                                注意するために、僕はベッドを抜け出し、暗い廊下を進む。
 
ジョニーのいる部屋のドアを開けると、かすかな音はぴたりと止まる。
僕は叱責の言葉を口にしかけるが、開いたままのトランクが目に入り、言葉を呑み込む。楽器は整然と並んでいて、手がつけられた様子はない。
 
ジョニーはベッドの中で身体を起こし、驚いたようにこちらを見ている。
僕は何と言ったらいいのかわからない。
その時、丸まった背中が上下に揺れ、それと同時に、白い花に降りた滴のふるえるような、はかない鈴のような音が、その口元から漏れる。
大きく見開かれた目から、涙が細い筋となって頬をつたう。
 
 
「あの、大丈夫?」
 
しどろもどろになって僕が尋ねると、ジョニーは小さく頷いた。
 
「うん、咳をしているだけ」
 
 
 
 
僕は自分の部屋に帰り、もう一度ベッドに潜り込む。夢のような咳の音は、夜の間ずっと続いている。

 

 

 

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もはややりたい放題。なぜこんな設定で書こうと思ったのか。