逃避と現実の曖昧な境界

 

 

「夜にしては上出来だな」
 
ピートが呟いて、足元のサッカーボールを軽く蹴った。
不意打ちを食らったボールは、グラウンドの表面を滑っていく。
乾いた砂がざあっと雨のような音を立てて、カールには舞い上がる砂ぼこりまで見えるような気がした。
 
「上出来って、何が?」
 
傍にあったベンチにぐったりと腰を下ろしながら、カールは疲れたように尋ねる。
 
「うーん、気温かな。それに、色とか」
 
ピートの答えは要領を得ないけれど、カールには何となく意味がわかった。
確かに、今晩の空気は程よく冷えて心地よい。
だからこんな所をふらふらほっつき歩いているというわけか。
 
濃紺に浮かぶピートの影を眺めて、カールは薄く笑みを作った。
 
「・・・ここどこなんだよ」
「知らないよ、夜だし、暗いし」
 
相変わらずひとりでサッカーを続けながら、ピートはこともなげに言う。
 
「何だよ、お前が引っぱって来たくせに」
「・・・公園とかじゃないのかな」
 
気のない返事に、カールはため息をついた。そんなことが聞きたいのではない。
 
「いいだろ、たまには非現実だって必要だ」
 
カールの不満を感じ取ったように、ピートがつけ加える。
ボールがゴールポストに当たって、鈍い金属音を立てる。
 
「非現実?」
「カールも来いよ!」
 
腕を掴まれて、カールはのろのろと立ち上がった。
 
「・・・ピート、俺は疲れて、」
「だから非現実が必要なんだよ!」
「だから何なんだよ非現実って!」
 
カールが大きな声を出すと、ピートは驚いたように目を見開いた。
 
「カールが大声を出すなんて珍しいね。ひょっとして現実逃避?」
「・・・何でそうなるんだ」
「現実逃避ならさ、もっと楽しいことを考えないと。例えば、そうだなあ、明日からバイトなんてやめて2人で旅に出るとか」
 
ピートが楽しそうに笑うから、反論する気持ちはどこかへ消えていく。
 
「あ、あと大きいスタジオを借りて、それから大金持ちになって、サッカーチームのオーナーになるんだ」
 
ピートはまたボール遊びを始めている。
カールは大きく息を吐いて、ピートの肩に手を掛けた。
 
「なあ、ピート、もう帰ろう」
「現実世界に?」
 
そう言って振り返ったピートの顔が、思ったより近くにあって、カールは少したじろぐ。
けれど、夜の闇を揺らして輝く、その青い瞳のゆらぎをピートはしっかりとらえていたから、もう離さなかった。
 
ゆっくりと距離をつめる。
捕まえた肩のあたたかさだけが、ひどく現実らしかった。
 
おかしいな、とピートは思う。
現実はこんなにも簡単に手に入るのに、どうしてその一瞬前まで、まるで手の届きそうにない非現実のような形をしているのだろう。
 
それとも、
「ねえカール、これも現実逃避なのかな?」
 
どっと脱力したようにベンチに座り込んだカールを覗いて、ピートは尋ねる。
 
「・・・少なくとも、非現実ではない」
「なるほどね」
 
上々の答えに、体の底が湧き立つような感覚をピートは覚えた。
 
「その境界は曖昧ってわけだ」
 
足元には、まだサッカーボールがある。濃紺の夜に逆らって、それがはっきり見える気がする。
 
「・・・サッカー選手になるっていうのもいいよなあ」
「また非現実のはなし?」
 
そう言ってカールが可笑しそうに笑うから、ピートはボールを思い切り蹴飛ばした。
 
芝生の上に着地する音が、確かに聞こえた気がしたのに、随分あっさりと、それは夜の闇に紛れていった。

 

 

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なんというクオリティの低さでしょうか。

タイトルを決めてから書くという初の試みをやってみましたが、視点も方向性もまったく定まっていないという。この二人難しいな。