大きく開いた窓から、なまあたたかかい空気がどっと入り込むのを感じて、雨になりそうだ、とエドは思った。
にせもののように辺りを包んでいた熱気を洗い流し、テレビの音をかき消す雨が降るのだ。
そう言えば今日は一日中、頭が重かったような気がする。
燃えるように真っ赤なユニフォームが行き来する、鮮やか過ぎる視界を狭めるように目を細めると、エドは窓の外を見やった。
そろそろ薄暗くなろうかという時間だった。
辺りは琥珀を溶かしたように青く、ひっそりと静まっていた。
通りに人の姿はない。
肉厚の葉をつけた奇妙な植物が、青い影を深めるばかりだ。
エドは、窓の前に立っているトムの方へと目を移した。
トムは、太い縞模様のシャツを着ている。よく見かけるシャツだ。
短い金色の髪をしていて、窓の外に突き出された腕は、夕闇に溶け込もうかというように青白かった。
疲れたように首を傾け、じっと庭の様子を眺めている。
「トム、もしかして、退屈してる?」
答えは明らかだったけれど、一応エドは尋ねてみた。
「どうして」
僅かに口元だけを動かしてトムが言う。
エドはため息を吐いた。
「どうしてって。君はサッカーが嫌いだろ」
「いや、サッカーは好きだよ。僕のお父さんが有名なサッカー選手だった、って知ってた?」
「・・・トム、それは嘘だろう?」
「もちろん」
ようやくトムは満足げに笑って、エドの方に目を向けた。
トムの意識が部屋の中に戻って来たことに、ひとまずエドはほっとする。
「雨になりそうだ」
「そう、雨が降るんだ。海になる気もするし、砂漠になる気もする。全く、上手く出来てるな」
「・・・トム、こっちへおいでよ」
トムはしばらく思案するように窓辺に立っていたけれど、やがてさっと窓を閉めて、エドの隣に座った。
「そうして僕はエドの部屋に閉じ込められるんだ。だけどもし洪水になったら、一緒に屋上へ逃げようね。救援物資は早い者勝ちだ」
何の話か、なんて訊いては負けのような気がするから、エドは黙っている。
けれどトムはそんなことは気にも留めず、再び話を始めた。
「僕がサッカーで特に好きなのはね、試合に負けたあと、みんながうちへ帰るときだ。
誰もかれもみんな同じ服を着てさ、まるでお葬式の帰り道みたいにきちんとしてるんだ。うん、そういうのが僕はとても好きだな・・」
「・・・お葬式の帰り道?」
「君のチームが負けたら、僕も仲間に入れてくれよ」
テレビ画面を見つめたままトムが呟いて、エドは何故だかたまらない気持ちになった。
感情にまかせて、トムのやせた背中に腕をきつく回す。
「トム、僕は・・」
けれど、その文章を最後まで言い終えることはできなかった。
エドが口を切った瞬間、大きなガラス玉を砕いたような雨が、すべての音をかき消したからだ。
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とり急ぎ。展開もオチもない。