trip me as I speak

 

 

えば、人の渦に呑まれる、ということを、ドムは考える。
 
ロンドンの大通り、繁華街、ライブ会場、場所はどこだって構わないけれど、自分のまわりで人の群れが渦を巻いて、押し合って通り過ぎ、最後にはまるで存在などしないかのように意識から消え去ってしまうこと。
そんな状況が、ドムは好きではなかった。
 
肩が触れ合うくらい近くに居るのに、その相手に対して何の感情も抱かない。言葉も交わさないし、視線を合わせることもない。
まるで自分しか登場人物のいないドラマに主演しているような。
そんな虚しさにも似た退屈さが、街の喧騒の中には潜んでいる。
 
なんて言ったら、これだから田舎者は、ってばかにされるんだろうな、とドムは思い、意識的に笑顔を作った。
今日一日、こんなふうに自己中心的な世界に埋没して過ごしたのだ。
アパートの階段を登りながらそう考えると、今更ながら胸がふたがるような気持ちがした。
ため息をついて、鍵を取りだそうとポケットをまさぐる。
 
「遅い」と声がした。
遅い。なるほどね。わざわざ教えてくれるなんて、ご親切に、どうも。
自分に向けられているはずもない言葉に心の中で返事をすると、暗闇に向かって目を凝らした。部屋の前に、何かが存在するのをはっきりと感じたからだ。
 
「もっと早く帰ってくるんじゃあなかった?もう2時間も待ってるんだけど」
 
「・・・マット?」
 
「もちろん。君の名前は名乗らなくていいよ、知ってるから。ところで、人を待たせた時には謝った方がいい、って小学校で習わなかったのかい?」
 
真っ黒い上着のポケットに手を突っ込んだマシューは、立ちふさがるような格好でドムを睨みつけている。態度は横柄なのに、その身体つきはひどく華奢だから、ドムは文句を言いたい気持ちを呑み込んでドアを開けた。
 
「・・・ごめんごめん。マットが来るなんて知らなかったから。・・・それにちょっとでも君に常識ってものがあれば、今回みたいなことは防げたはずなんだけどね」
 
「ちょっとでも君に常識があれば、僕に常識があることなんて期待しないはずなんだけど」
 
「・・・それって常識なの?」
 
「うん。僕はスターだしね。だから僕は寛大にも君の遅刻を許してあげる、というわけ」
 
「ああ、ああ、それはどうもありがとう!」
 
ぞんざいな口調でドムは言うと、明かりの灯った部屋のソファに身を投げ出した。
マシューのおかげで景色の色が変わったなんて、そんなことは言いたくないから、わざと疲れに身を任せて、渦に呑み込まれているふりをする。
 
「で、マットは何の用なの?」
 
「別に。用がなきゃ来ちゃいけないのかい?」
 
「・・そうじゃないけど」
 
「良かった。ドムが一人ぼっちで寂しいんじゃないかっていう僕の気遣いは無駄にはならなかったわけだ」
 
「何それ」
 
冗談みたいな口調のマシューの青白い顔が、意外にも真剣な表情を浮かべていて、ドムは何故だか泣きたくなった。
けれどそんなことは許されないから、できるだけ真っ白な笑顔を浮かべて、マシューを見つめる。
 
「人の気遣いには素直に感謝すべきだって、小学校で習わなかったのかい?」
 
マシューの言葉が相変わらずふざけているのに、ドムは少しだけほっとした。
このままマシューに全てを言葉にしてぶつけるのでは、自分にとって少しだけフェアじゃないように感じる。
だって、マシューは何ひとつ、明確な言葉なんて与えてはくれないのだから。
 
「はいはい。どうもありがとう、マット!」
 
「どういたしまして」
 
両腕を広げるマシューにドムは呆れて見せて、疲れたなあ、とソファに身を沈めた。
 
「僕に都会は向いてないのかも」
 
「僕にだって向いてない」
 
「ええっ、スターなのに?」
 
「うん、僕はもっと宇宙規模ってこと。スターだから」
 
「・・自慢が過ぎると人に嫌われるって、小学校で習わなかったの?」
 
「ドムに嫌われないんだったらどうでもいいよ、僕は」
 
「・・それ全然宇宙規模じゃないよね」
 
マシューが隣で眠たそうにしているのを感じ、ドムは少しだけ身体を起こす。
その動きに気付いているはずなのに、マシューは目を閉じたままだった。
 
「で、マット、今日ここに泊まるつもり?」
 
「ええ、どうしようっかなあ」
 
意地悪く訊いてやると、マシューは大袈裟に首を傾けた。
 
「・・どっちでもいいけど、ベッドは僕が使うからね。ここ僕の家だし」
 
「そんな!」
 
お客様には親切に、って小学校で・・・と言っているマシューの言葉を塞いで、ドムは自分がすっかりマシューの術中にはまりこんでいることに気付いた。
もちろん、こんな渦に呑み込まれることは、全く嫌な気分ではなかったけれど。
意識を向けるまでもなく、そこには確かにマシューの存在があるのだから。
 
隣で、マシューがかすかに寝息をたてているのが聞こえる。
行かないで、なんて、わざわざ言葉にする必要はなさそうだ。

 

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読みにくくてすみません(編集がめんどくさい)

めちゃくちゃ久しぶりのMU$Eですが、つっこみの不在によりオチない。

ドムに無理やりつっこませてみたけど・・!というか、ボケとツッコミとかの話なんだろうか・・?