1ガロンでは流れない

 

 

運命、なんて言葉では、些か綺麗ごとが過ぎている。
 

そんな言葉では到底説明のつかない、温度や密度が確かにそこには存在した。

ずっと好きだったのだ。最初に出会ったときから、まるで夢見そうなくらいに好きだった。
 
姑息で嫌らしい画策と、笑ってしまうほどに些細な成功を繰り返して、やっと捕まえた。
 
どんなにくだらないことでも、それだけで泣いてしまいそうな気持になって、どん底まで落ち込んで落ち込んで、やっと捕まえたのだ。
 
それを、運命だった、などと簡単に片づけて欲しくはなかった。
 
 
「運命なんかじゃないよ」
 
けれど、そう口に出すことはやっぱり躊躇われて、口の先に乗せるみたいにして、ふっと息を吐き出した。
 
カールは「え?」とは聞き返して来ない。
 
やっぱりこれじゃあわからないのかなあ、そうだね、きっと、わかるはずないんだ。
 
だって、カールにとってはこれは運命で、その裏に隠れたドロドロの思いなんて知らない。知らない方がいいんだけど。
 
確かに運命だと言ってしまえば聞こえはいいし、面倒くさい説明をする手間も省ける。
 
実際、ちょっと嘘みたいなところもある話なんだしね。でもなあ。
 
でも、ずっとずっとカールのことが好きでたまらなかった気持ちが、それじゃあ、何のことだかわからなくなってしまう。
 
それではちょっと、自分に対してあんまりだとピートは思うのだった。
 
 
「なーんてね。なんて」
 
今度はちゃんと言葉にすると、
 
「何ひとりで勝手にオチをつけてるんだよ」
 
と今度はちゃんとカールも返事をしてきて、何だ、口に出さないと伝わらないなんて随分鈍感だな、なんて思うより先に、カールの煙草の匂いが鼻先に届いたのに、ピートは少しだけ満足した。
 
 
「あはは。カールには聞かせられない」
 
カールの顔が見たいと思う。
 
でも起き上がる気力はなくて、ベッドに寄りかかって座っているカールの方へあてずっぽうに腕を伸ばすと、その手はカールの髪の毛に触った。
 
「お前ってそんなのばっかりだな、ピート」
 
そんなの、って何のことかわからないけど、聞き返したら馬鹿にされそうだから訊かない。
 
勘の悪いやつ、なんて、思われたくはないからね。
 
手探りで、カールの頬に触れながら、やっぱり、追い掛けていたかったかなあ、と思う。
 
手を伸ばせば触れるくらい近くにいるのに、こんなに何にも伝わらないんじゃあ、あのまま追い掛けていた方が幸せだったんじゃないか、なんて。
 
全然振り向いてもらえなくても良かった。それでも、ずっとずっと、カールのことだけを好きでいられたのに。
 
 
あのときの悲しかった気持ちを裏切りながら、そんな想像をした。
 
でも、嫌だなあ、こんなこと、考えたくない。もっと傍に寄りたい、心臓の鼓動が聞こえるくらいに。
 
もっと近くに寄って、カールの腕に顔をうずめたら、こんなのは全部なかったことにできるかな?
 
でも、ベッドから体を起こす気力がなくて、顔を、どんなふうに、なんてことばかり考える。
 
 
 
いっそ、カールが逃げてくれたらいい。
 
お前なんか嫌いだ、顔も見たくない。そう言って逃げてくれたら。
 
そうしたら僕はカールのことを、心ゆくまで追い掛けるよ。
 
でも、その時は、決して振り返らないで欲しい。
 
だってこのままじゃあ、僕はカールのことを、僕自身までも、むちゃくちゃにしてしまいそうなんだ。
 
でも、むちゃくちゃ、って、いったいどういうことだかわかるかい?
 
 
なーんてね。口に出しては言わない。説明する手間が省けるし、第一、そんな気力はもう残っていないのだ。
 
実際のところ、カールに見捨てられたら、自分は生きてはいけないだろう、とピートは思う。ずっと好きだったのだ。涙が出るくらいに。
 
 
だから、指を伸ばして、触れる。
 
 
もっと傍に来てくれないかな。もっと近くに。もうちょっとだけ。もうちょっと。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
(だって、ほんとうは、むちゃくちゃにしてやりたいから)