どちらを向いても真っ暗なのだ。
首を捻って見上げた空には星ひとつなくて、カールはゆっくりと煙草の煙を吐き出した。
星が見えないのは、天気のせいか、それともよくわからない煙のせいなのか、わからないけれど、目を覆ってしまえば同じことだと思う。
少し先を歩くピートの背中を眺めながら、今その目には何が映っているのだろうか、と頭の隅でぼんやり考えた。
「カール」
ピートは振り返って、屈託のない笑顔をこちらに向ける。
「猫がいるよ」
ピートが指差した先に目をやると、確かに真っ黒な猫が歩いているのがかすかに見える。
小走りに駆け寄るピートに気付くと、猫は一瞬動きをとめ、それからさっと走りだした。
「追い掛けよう!」
子供のように楽しそうに笑って、ピートはカールの腕を取った。
今晩のピートがどうしてこんなに上機嫌なのか、わからなかったし知りたくもなかったけれど、それでも一緒になって駆け出してしまうのだから、自分はピートに随分と甘いのだろう。
ピートが放り捨てた煙草の火が、足元でオレンジ色に光っている。
それを踏みつけて消そうとして、なんとなくやめた。
夜気に湿った石畳の上で、あんな心もとない火なんか、きっとすぐに消えてしまう。
猫はするりと路上の車の下に滑り込み、そのまま見えなくなった。
「おかしいなあ」
ピートは地面にぺたりと手をついて、車の下を覗き込む。
それでも猫の姿が見当たらないことに、カールは少しだけほっとした。
どうせ、ピートに捕まったって、碌なことはない。
それよりは、夜の通りをこそこそ走っていた方が、いくらか幸せに違いないのだ。
「ピート、もういないよ。あきらめろ」
頭の上から声をかけると、ピートはあからさまに不満そうに顔をあげた。
「どうしてさ?まだこの辺にいるかも知れないのに」
「いないよ。猫はそんなのろまじゃない」
「あはは、それもそうだね」
ピートは笑って立ち上がり、両手をジャケットの裾で拭った。
ピートがそんなに楽しそうな理由が、カールにはどうにもわからなくて、けれど理由を求めてしまうことに、何故だか疎ましい気持ちになった。
「あっ」と声をあげ、ピートは暗い路地に向かって走り出す。
靴底が地面を打つぺたぺたという音が、やけに大きく響いた。
黒い影がさっと通りを横切るのに、逃げ足が速いなあとピートが楽しそうに笑う。
その笑い声を、まるで人ごとみたいに聞いた。
ピートはいつだってそうだ。
いつだって何かを追い掛けて、一人でどこかへ走って行ってしまう。
けれど相手はいつも上手く逃げおおせてしまうから、ピートはひどく悲しそうな顔をするのだ。
そんな顔をして欲しくない、とカールは思う。
笑ったり泣いたりしなくても良い。ただ、ここから消えていかないで欲しい。
けれど、そんなふうに願うのは、
それはきっと、ひどく残酷なことなのだ。
体が重くて、もう帰りたいなと思う。さっさと一人で帰っておけばよかった。
でもそんなことをしたら、「カールに置いていかれた!」とまた大袈裟にピートは騒ぐのだろう。
「カール、来ないの?」
ピートが振り返って、不思議そうにこちらにやって来る。
その後ろに黒い影がかすかに見えるから、裏切るみたいにゆっくりキスをした。
ピートが決して、そちらを振り返ることのないように。
口の中に、じわりと煙草の味が広がる。
のけぞるみたいにして空を見上げると、やっぱり星なんてひとつもなかった。
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一人称ではないけれど、いちおうカール視点のはずだ・・・
亀みたいにとろとろ書いたくせにこんな中途半端で申し訳ありません・・!
しかも相変わらず薄暗い話ですね・・
リクくださった方、ありがとうございました!