to the morning sun

 

ートに初めて会ったのは、12月だった。ちょうど俺が前のバンド仲間と別れて、その後エイミーが現れて身辺をなんやかやと整理しはじめた頃だった。俺はふさぎこんでいた。同じ大学のふざけた連中に、いささかうんざりもしていた。あんなバンドはもう組めない、と俺はエイミーに言った。そんなことないわよ、とエイミーは言った。エイミーと俺は、フラットをシェアすることが決まった。
 
ギターをやっている弟がいる、と彼女が言ったのは、それから3週間くらい後のことだった。今度ここに連れて来てもいいかしら?なんでも、ギターの技術を弟に教えてやって欲しいのだという。俺はあまり気乗りがしなかった。ギターのことなど考えたくはない。でも、結局エイミーの粘りに根負けしてしまった。とってもかわいい子なのよ、と彼女は言った。あなたもきっと好きになるわ。
 
二日後、あいつがやって来た。痩せた体にギターを抱え込んで、大きな目を疑い深くきょときょとさせて。四方八方にはねた黒い髪に、つんと尖った鼻。黙ったまま作り笑いを浮かべても、コートのように警戒心を身にまとっていることはすぐわかる。
 
エイミーに促され、俺たちは挨拶をかわした。どこか気に食わなかった。それがどこなのかはわからなかったけれど。
 
 
 
「ギターを教えてくれるんだって?」
 
 
あいつは蔑むような口調で言った。自分を粗野に見せることに、全神経を集中しているようだった。
 
「まだ教えるなんて言ってない」
 
俺は反射的にそう答えた。ピートの態度には、どこかぞっとさせられるところがあった。
エイミーは、明らかに困惑している。
 
「ピート、そんな言い方ってないじゃない」
 
諭すように言う。それから、俺の方に向かって、「普段は、もっといい子なんだけど」と言った。
 
ピートがその話を聞いていたのかどうか、俺にはわからなかった。相変わらず、何の素振りも見せなかったからだ。みんな黙ってしまった。分厚いカーテンを引いたような重い沈黙が、3分間ほど続いた。
 
最初に口を開いたのはエイミーだった。
 
 
「わたしはこれから出掛けるけど、」
出し抜けに言う。
「二人で仲良くやってよね。いい加減大人なんだし」
 
エイミーが出掛けるなんて聞いていない。きっと、ばかに頑なになって睨み合いを続けている俺たちに、愛想が尽きたのだろう。
彼女は、ばたばたと持物を鞄に詰め始めた。いらいらした様子だった。とめるべきなのはわかっていたけれど、とめたくなかった。何だか理不尽だった。そもそも、ろくでもない弟に会えと言ってきたのは、彼女の方なのだ。
 
 俺はとめなかった。だからエイミーは出掛けてしまった。俺たちは、二人きりになった。
 
「座れよ」
 
と俺は言った。ピートはまだ、ばかみたいに突っ立っていたのだ。
 
「エイミーの弟でなかったら、さっさと放りだしてやるところだけど」
 
ピートは座らなかった。こんな風に言われて、座る人間はいないだろう。ギターケースに指を這わせて、今では、どこか所在なさそうに見える。
 
「座れって言ってるのに」
 
俺は、どんどん意地の悪い気持ちになりながら言った。言いながら、自分が黒く炭になっていくような気がした。
 
「でも、とにかく、お前なんかにギターは教えてやらない」
 
あいつが怒るのを期待していたのかも知れない。暴言のひとつでも吐かせて、良心の呵責を感じずに外につまみ出す、いい口実にしたかったのかも知れない。
けれど、ピートは表情も変えない。ただ、何度も頷きながら、「わかった」と言った。
 
これにはどう答えたら良いのかわからなかった。
俺は黙ったまま、ピートを見た。思ったより子どもっぽかった。何も映していないように澱んだ、大きな黒い目。ギターケースをいじくる、細い指。
そして、俺たちが誰も持っていないほどの、生身の感情を抱えてすぼむ、小さな肩。
 
 
胸が締め付けられるような気がした。荒っぽい態度をとろうとする人間が、こうも頼りない姿をしているなんて、何だか耐えられなかった。肩を抱いて、さっき言ったことは嘘だよと言ってやりたかった。そうしないと、ピートは今にも床の上に砕けてしまいそうに見えた。
 
けれど、俺のことなどお構いなしに、ピートは出て行く準備を始める。やっぱりギターを教えてやるよ、などと引き留めるほど、俺も間抜けにはなれない。
 
「じゃあ、姉さんによろしく」
 
と言いながら、あいつはドアノブを回した。わかった、と俺は答えた。
30分ほどたって、エイミーが帰って来た。言い争いになりそうな空気が、突然の雨の匂いのように、むっと立ち込めていた。ピートがよろしく言っていたよ、とは、遂に言えなかった。
 
それから一週間、俺はピートに会わなかった。
 
 

 

 

 

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だいぶ昔に書いたのを手直ししたものです。もちろん、状況設定とか全部妄想です。                                                                                                                                                                                                                                                                                           定番の設定ですけど、カール視点というのもあってもいいのじゃないかな、と。