abime

 

だった。大通りにひしめく店先に、一斉に飴色の明かりが灯った。軒下のツリーを彩る豆電球の光は、黒々と濡れた道路に反射して滲む。
買い物客の姿はない。浮足立つようなクリスマスソングが、閑散とした通りを上滑りしていった。
 
首筋に入り込む風に身震いし、カールは無意識に上着の襟を立てた。息は、吐き出した傍から白く流れていく。昼下がりに降った雨が尾を引いて、空気をきりきりと冷やしていた。
 
若い男が、ジュエリーを買うように呼び掛ける。曲がり角では、募金箱を手にした中年女性が、クリスマスの奇跡について切々と語っている。前を通ると、聖母のような微笑みが惜しみなく人々に注がれた。
カールは足を速めた。悪態を吐こうとしたが、直前でやめた。体内に残る貴重な熱を、そんなくだらないことで失いたくはない。ぺたぺたという湿った足音が、やけに大きく響いていた。
 
住宅街は暗かった。時折、煤けたライトが不安げな黄色い光を投げかけるばかりだ。クリスマスの奇跡は、うらぶれた通りの外灯には何の作用も及ぼさないらしい。
一軒、赤い電飾を屋根に廻らせている家があったが、それもイルミネーションというよりは、通行止めの案内を思わせた。
 
カールはため息をこぼした。クリスマスに仕事なんてついていないと思ったが、こんな中途半端な時間に放りだされる方が、もっとついていない。深夜に終わるはずだったアルバイトが、予定外に早く済んだのだ。
それが店長の気遣いであることはわかっていたが、正直なところ大してありがたくなかった。友達は皆、パーティに出払っている。仕事を理由に、カールが一度出席を断ったパーティだ。そこにいまさら顔を出すほど、カールは厚かましい人間ではなかった。ひとりで飲みに行っても良いが、混雑したパブに入るのは気が進まない。結局、家に帰ってぐっすり眠ることより素晴らしいアイディアは、ひとつも思い浮かばなかった。
 
フラットに着くまであと2メートルというところで、何かに蹴躓いた。古くなった林檎のような、甘ったるい臭いが広がる。誰かが、ゴミ袋を道に放りだしたのに違いなかった。
カールは振り返って通りを見渡した。文句を言うべき相手は見つからない。それならば、引き返して袋をもう一度蹴り上げてやろうか。
そんなことを真剣に考えていたので、発見が遅れた。
玄関先の黒々とした闇が、実はうずくまった人影によるものあることにカールが気付いたときには、相手の靴を踏みつける、もう一歩手前まで来ていた。
相手は顔を上げた。闇に浮き上がった真っ白な肌が、異様な光を放っている。真っ黒な服に包まれた長い手足が、カールの中でようやく形を結んだ。様々な疑問が、胸に湧き上がってくる。
 
「聖歌隊の人?」
 
しかしカールが口を開くより早く、男が言葉を発した。怪訝そうに眉をしかめてはいるが、声音は穏やかだった。
 
「いや、違うよね。ひとりじゃ聖歌隊は組めないから」
 
おもしろくもなさそうに男は言い、ふいと顔を逸らした。震えを抑えるように膝を抱き抱える。衣服の擦れる音が耳に響いて、カールはなぜか背骨が凍ったように感じた。
 
「・・・何でお前がここにいるんだよ」
 
ピートのクリスマスの過ごし方など知ったところではなかったが、カールの家に来る予定がなかったことだけは確かだ。カールの言葉に、ピートは心底驚いたような顔をした。大きな目が、さらに見開かれる。
 
「え?ここ?」
間の抜けた返答に、カールは少しうんざりした。くだらない冗談に付き合う気分ではない。
 
「ここは、俺の家だろ」
「ええ、お前の家?嘘だろ!僕の家かと思ってたよ」
 
ピートは妙に明るく言った。カールは無視して、鍵を開けにかかった。こんな話に付き合って寒い思いをするのは、腹立たしいばかりだ。
 
「うん、道理で鍵が見つからないわけだ」
 
ピートの家にだって鍵くらい付いているのだから、その理屈はおかしいと思ったが、面倒なので口には出さなかった。
カールが鍵を開けてしまうと、ピートはさっと立ち上がり、当然のことのように中へ入って行く。明かりをつけると、勝手にベッドに座りこんでいる姿が鮮明に浮かんだ。
 
「何の用だよ、ピート」
 
ため息とともにカールは疑問を吐き出した。ピートは怪訝な顔をする。
 
「ピートって、僕のこと?」
「何言ってんだよ」
「おかしいなあ、僕はカールっていう名前かと思ってたのに」
 
そう言ったピートがあまりにも真剣な顔をしているから、カールは逆にピートを殴ってやりたくなった。
 
「で、お前は誰なんだ?」
 
本気で言っているようだった。長いことうずくまっていたせいか、ピートのズボンにはしわが寄っていた。よく見ると、コートも着ていない。風邪を引くのではないかと、カールは急に心配になった。
 
「ピート、お前は本気でおかしくなったのか?」
「僕がおかしいんだったら、僕がおかしいのかどうか僕に訊いたってわかるわけないだろ」
 
ピートはふて腐れたように言った。狂人呼ばわりされたことが気に食わないらしい。
 
「で、お前は誰なんだよ」
「・・・カールだよ」
 
胸にのぼって来る違和感にとらわれながら、カールは答えた。よく知っているはずの人物に自分の名前を伝えるのは、何とも妙な気分だった。
 
「ふうん、また横取り」
 
全く理不尽な理由でカールを責め立てると、ピートは口を尖らせた。