cloudbank

 

 白い煙草の煙を吐き出して、辺りが随分と暗いことにピートは気がついた。

朝はあんなに遠くにあった空が、ため込んだ蒸気の重さに耐えかねるように、低く垂れこめている。
このまま天気が崩れるのも、時間の問題だろう。
湿り気を帯びた空気が髪の毛に絡みついてくるのを感じて、雨が降る、とピートは思った。
雨が降るのは、それは太陽が欲張ったせいだろうか。
地上から吸い上げた水分を、あまりにもたくさん空にため込み過ぎたために、器から溢れ出して、地上へこぼれてしまう。
だとしたら、何だかもったいない。
 
 
 
 
ピートは湿気た煙草を揉み消した。大きく息を吸う。傘がない。
けれど、これは良い口実になるはずだ、とピートは考えて、そんな自分の思考に、少し苦い気持ちになった。
全てに理由がないと落ち着かないなんて、何か明確な答えを望んでいることの、何よりの証拠だ。
ピートは頭を振った。傘を借りなければならない。
 
カールの家の玄関には、大きなバラの花束が置かれていて、ピートは何だか呆れてしまった。
セロファンがかさつく音が、妙に耳に立つ。
花束なんかどうしたんだよ、と尋ねると、ファンから貰ったんだ、とカールは言った。
 
「僕たちに花束を贈るなんて、いったいどういうセンスをしてるんだ」
 
ピートが大袈裟に呆れて見せると、カールは笑って、
 
「僕たちに、じゃなくて、俺に、だけどな」
 
と答えた。
 
「そんなの同じだよ!」
「同じなわけないだろ。俺がファンから何を貰おうと、お前には関係ない」
 
そう言ったカールは何だか楽しそうで、ピートは体からどっと力が抜けるのを感じた。
 
「何で花なんか贈って来る奴のことを庇うんだよ!あ、もしかして、知ってる子からとか?」
 
ピートの冗談口調に、カールは少しだけ眉をひそめた。
 
「俺はファンを大切にしてるだけだよ、ピート」
「だから花束が貰えるんだよね!」
 
ピートが口を尖らせると、カールは急に我に返ったように真顔になった。
 
「・・・で、お前、何しに来たんだよ」
「ああ、忘れるところだった。雨が降りそうだから、傘を借りに来たんだ」
 
カールはあからさまに嫌な顔をした。
 
「何でそんな顔するんだよ!」
「お前に貸したものが返ってきたためしはないからだよ」
 
笑いを含んだような声で、カールは言った。それは事実だったので、ピートは一瞬言葉に詰まる。
 
「・・・今度はちゃんと返すからさ」
「嘘だろ」
 
カールはわざとらしく目を見開いて見せる。
 
「もう、どうしてそんなに僕を疑うんだよ!」
「疑ってるんじゃなくて、お前が借りた物を返すわけはないと確信してるんだよ」
 
そう言いつつも、カールは傘を差し出した。
 
「だから、これはお前にやる」
 
手元に伸びてきた黒い傘を握る。ひんやりと冷えた持ち手に、自分の体温がじんわり滲んでいくのを感じて、ありがとう、とピートは言った。
 
「明日絶対返しにくるよ」
「どうだか」
 
カールは小さく肩を揺らす。甘ったるいバラの香りが広がった気がして、ピートは少しだけ泣きたくなった。